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拝金経済とスーパーノート

きょうも銀行ATMで現金を引き出した。
また、「人生ゲーム」を思い出した。
3回に1度くらいの頻度で、現金のことをおもちゃのお札と錯覚することがある。
大げさでも冗談でもないお話なのです・・・。

ときに1976年、小学生のボクはこのボードゲームが大好きだった。
もちろん同類の「億万長者ゲーム」も。

夢は大金持ちになること・・・みたいな夢想の世界をひととき彷徨うこの遊びが実は自慰行為だと気づくまでは当然楽しかった。
あのころのポケットの中には100円玉がせいぜい2枚、そんな状況だったと思う。
人生ゲームでは1000ドル札を紙くず扱いしていたくせに。

さて、本当のマネー経済のなかではキャッシュが神のように作用している。
人間(・・・ユダヤ人・・・問題あるかな・・・)がつくりだした最善で最悪な仕組みであるとボクなんかは思っている。
ハロウィン明けのニューヨークの路上におちている100ドル札。
香港港への幹線道路で賄賂として使われている100ドル札。
チューリッヒで保険の掛け金となる100ドル札。
ロンドンのブックメーカーで換金される100ドル札。
この100ドルってどんな悪意に満ちているのかね。
想像も及ばないところでたぶん損得が交差している。
そんなに長くはない人間の一生にとって利器なのか凶器なのか。
そう自問自答しながら、「偽札」について少しだけ考えてみる。
スーパーノート ・・・
本当のお札も偽のお札も、ズルして儲けるやつにはかなわない。

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