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迎え火 送り火

陸前高田市の迎え火。
その報道映像に心が震えた。
京都での送り火中止の報道にも複雑な感想を持つわけだが、このことこそが震災復興への民意ベクトルを乱すもので、この国の「良識」の限界をつくづく感じてしまう。
いま大切なことは震災で生命を失った人たちの冥福をただただ祈ることなのだ。
被災者の回復を願うことなのだ。
火を用いることはしないけれど、盆の終わりにはささやかな「送り火」を捧げたいと思う 。

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