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DQNは政治家だけなのか

就任したばかりの経済産業大臣の失言。
私の選挙区の代議士のことなので残念でならない。
フクシマの惨状に対して公人は的確な表現方法を用いるべきなのだろうが、それはかなり難しいことなのだろう。
取材するマスコミ側にも政府高官たちの失言を待っているかの振る舞いが透けて見える。
もう、うんざりだ。
被災地の人々が「言葉」によってまで隔離されていくようで、この言葉狩りみたいな傾向には本当に注意が必要だ。
難局打開を遠ざける報道が毎月続いている。
このうんざり気分の常態化はひたすらまずい。
今回も大臣にはさっさと辞職していただいてもかまわないが、高官交代のための手続きが障って次の手を繰り出すのが遅れ続けていくのだから、マスコミも自重してほしいものだ。
病んでいる被災地に結果として冷や水をかけ続けてきたという反省や自戒はないのだろうか。
政治家いじりはこの際休止してもらいたい。
マスコミは報道する人たちであって、誘導する人たちではない。ましてや自ら正義を標榜してはならない。ありのままを伝える達人であってほしい。

かつて「DQN」は侮蔑語かという判断を裁判所が下したことがある。この審理のなかで実質的にDQNは侮蔑語と認定されたに等しい。この「DQN」、ほとんどの日本人は意味を解さない言葉なのだろう。
一部で通ずる侮蔑語。いや死語への路をたどっているかつてのネット流行語といったほうが正しいのか。

政治家もマスコミもこの頃は完全に「DQN」。
また復興活動からかけ離れていくばかりだ。
この先「DQN」は残ることはないだろうが、「政治家」「マスコミ」はいつまでも残っていく言葉であり実存在だということ。
「政治家」「マスコミ」が意味不明というのでは成り立たないでしょ 。

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