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社長 島耕作 が課長だった頃へ

Birudingu
丸の内にビルヂングが消えていく。
「ビルヂング」を許容してきたおおらかな社会常識みたいなものが好きだ。
たまたま最近島耕作が社長になっていたことを知った。
課長時代もあまり関心がなかった著作物だったが、ここにきて課長の頃のことをちょっと覗きたい気分なのだ。

先日発表のあった新語・流行語大賞のなかに、「3・11」や「帰宅難民」などが並んでいた。
あの震災からやむなく派生した言葉は「別枠」に扱われるべきであって、あのトップテンのなかに収用されていることに違和感をもった。
選考の詳細を知らないからこんな勝手が言えるかもしれない。
でもどうなのだろう、選考基準を知ったところで、「別枠」ではあるまいか。
モニュメントに刻まれるような言葉は少なくとも「流行語」ではない 。

ビルヂングと名のつく建築物には重厚なイメージがある。
実際、大層立派で威厳や風格のある建物が多い。
丸の内然り、私の住む小樽の色内地区も然り。

今週末、島耕作のおじいさんの代まで思いを馳せるのも一興かもしれない。
いまは先人の大計に学ぶときだ 。


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