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2020年1月

麒麟がくる

単純に、NHK大河ドラマは、楽しみ。

いよいよ明日放映の「麒麟がくる」は明智光秀が主人公です。

今回は44話となるとのことですが、なんとなくあの時代にしては綺麗でダーティーな印象の光秀という人物像をどう描き出そうとしているのか、とにかく野心作を期待してしまいます。

そして番組タイトルから「麒麟」を取り出してみても興味は尽きません。

麒麟は、『礼記』によると「王が仁のある良い政治が行なわれている時にしか現れない神聖な瑞獣である」とされ、室町幕府末期にはほとんど弱体した足利将軍家がこの麒麟に因む花押を使用していました。

最も有名なところでは、光秀によって誅殺?される信長もある時期から麒麟の「麟」の字を裏返し横にしたフォルムの花押を使っているわけです。

切なる思いや覚悟を感じる史実であるとも捉えることができ、動乱の時代だったからこそ肖ったとも。

偉人とはそういうことをする存在だから歴史上に残っていく。時を経て大河ドラマで取り上げられる。の、かな。

「麒麟がくる」の年となった2020の世間には、どう考えても麒麟は現れそうにありません。

想像上の動物だから、という理由ばかりではありませんね。

仁のある良い政治こそが想像上の出来事のようで、とうの昔に手の届かないところへ追いやってしまったからなのでしょう。

あんまり酷いと為政者は誅殺されなくてはならない。もちろん政治生命のことですが。

この歳になってくるとヘソが相当曲がってしまって、大河ドラマと世相との関係も量らずにはいられなくなります。

視聴している時間・(大袈裟に言えば)世間はそれだけ重要なのです。

・・・素直じゃないかな。

 

 

 

 

 

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進物

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和栗は大好物である。

長野の銘菓「栗かの子」が口に合わないわけがない。

「お土産」と言うよりは「進物」と呼ぼう。

わざわざ津軽海峡を越えてきた「栗かの子」は隔世の味覚。

二十歳の頃の遠い記憶は味覚だけが今なお新しい。

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のんびり

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通勤通学で便利だとか、水辺に近いとか、近所に由緒正しい寺社仏閣があるだとか、自分の住処には理由をつけておきたい。

理由を疑わないようにして暮らしていないと何かと不安になってくる、というのが正直なところなのだろう。

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娘は海抜ゼロメートル地帯で暮らしている。

息子はこれから地震頻発地で暮らすこととなる。

彼らは(有難いことに)自然災害とほぼ無縁な故郷で育ってしまったから、危機への免疫性に乏しい人たちだ。

(密集地としての)都会にはそれなりに馴染んでいるのだろうが所詮は田舎者だ。のんびりしている。

だが、実はのんびりが重要なのだ。

帰省の際、私が気にする点はこの「のんびり」だ。

荒んだ「のんびり」になってはいないか、この点が問題なのだ。

のんびりはいい。のんびりでいいのだ。

ただ生き存えるための瞬発力を秘めたのんびりでいてほしい。

察知力がともなうのんびりとでも表現しようか、そんなものを備えた存在であってほしい。

私たちを取り巻くものは当然自然だけではない。

畏れを麻痺させて進む社会に取り込まれている。

畏れを第一優先にしてしまうと経済が回らないというシステムを築きあげてしまったので立ち止まることはない。

大災害に見舞われても、社会総体として畏れを学んでいないと思われる。

毎年台風や豪雨災害に苦しめられても、それよりも強い麻痺を発生させてこの社会は長らえようとしている。

・・・と書き連ねても、抽象表現だから虚しい。

と言っている私こそ、のんびりが消滅しようとしている。

 

 

 

 

 

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別口

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2020年は「別口」を始めなければなりません。

何? 別口って ...

別口は別口です。

例えば、もろもろのアカウント。

SNS、預金口座、... とにかく、ある、ある。

別口が揃ったら、始まったと思ってください。

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2020

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