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のんびり

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通勤通学で便利だとか、水辺に近いとか、近所に由緒正しい寺社仏閣があるだとか、自分の住処には理由をつけておきたい。

理由を疑わないようにして暮らしていないと何かと不安になってくる、というのが正直なところなのだろう。

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娘は海抜ゼロメートル地帯で暮らしている。

息子はこれから地震頻発地で暮らすこととなる。

彼らは(有難いことに)自然災害とほぼ無縁な故郷で育ってしまったから、危機への免疫性に乏しい人たちだ。

(密集地としての)都会にはそれなりに馴染んでいるのだろうが所詮は田舎者だ。のんびりしている。

だが、実はのんびりが重要なのだ。

帰省の際、私が気にする点はこの「のんびり」だ。

荒んだ「のんびり」になってはいないか、この点が問題なのだ。

のんびりはいい。のんびりでいいのだ。

ただ生き存えるための瞬発力を秘めたのんびりでいてほしい。

察知力がともなうのんびりとでも表現しようか、そんなものを備えた存在であってほしい。

私たちを取り巻くものは当然自然だけではない。

畏れを麻痺させて進む社会に取り込まれている。

畏れを第一優先にしてしまうと経済が回らないというシステムを築きあげてしまったので立ち止まることはない。

大災害に見舞われても、社会総体として畏れを学んでいないと思われる。

毎年台風や豪雨災害に苦しめられても、それよりも強い麻痺を発生させてこの社会は長らえようとしている。

・・・と書き連ねても、抽象表現だから虚しい。

と言っている私こそ、のんびりが消滅しようとしている。

 

 

 

 

 

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