書籍・雑誌

春の成分栄養表

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春になると読み返す『風味絶佳』。

納戸の書架から抜き出して、また。

何度読んで調合してもうまく効かない。

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情報と情報権

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気持ちが熱いうちに「情報の文明学」を読み返そう。
中央公論88年2月号は納戸にあったはずだ。


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生ける支那の姿

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魯迅の序文、必読。

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□□新書につきあう

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書評に頼らず良書を見つけるのは難しい。
労力と時間それ以上に好奇心が必要だ。
この十年あまりで出版される新書のタイトルは確実に増えたと思われる。
駅前のラーメン店の味噌ラーメンと新書の値段はほぼ同じだったはずだが、今は違う。
ラーメンの値段も当たり前に高くなっているが、新書はもっと高いのだ。
この際値段のことは捨て置いて、何を読みたいのかを考えよう。
私の場合、自分の知らないことを教えてくれるものになる。
人に先んじて知っておこうとか差をつけようなんてゲスな動機では一切ない。
ただ知らないことが知りたいだけなのだ。
いわゆる好奇心のみで、触手をのばすわけなので実は手当たり次第となる。
タイトルはたくさんある。
当然知らないことばかりである。
だから結局のところ新書を購入するときの決め手は書題になるのかもしれない。
副題に惹句があれば、ほぼ掴んでしまう。
そんなわけで月に5冊、調子が良ければ10冊。ハズレを掴むことになる。
それでも好奇心を涸れ川にしないように性懲りも無く購読しつづけるのである。
常に何を読みたいのかを考えながら。


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草薙の剣

今朝の朝刊はつらかった。
橋本治さんが逝ってしまったのだ。
本棚の、ぬえの名前、つばめの来る日、のタイトルを眺めため息をつく。
遠のいて行く読書の記憶。
昨年の草薙の剣でお腹いっぱいに満たされたこと。
渇きを癒されたこと。
読後、感謝を想起させる作家はそう存在しない。
私にとって橋本治の存在は頼りの人だった。
残念でならない。
残念でならないけれど。

合掌

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並製本の魔力

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村上春樹の小説はペーパーバックで読み返したときに大浪になって迫ってくるのだ。
逃げようはあるが、そのまま多分逃げないで溺れてみようと思うのではないだろうか。


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つばめの来る日

かれこれ20年。結局いまだに「居場所」は見つからないので、再読。

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読み返すこともいまや・・・

Hardwork
春=心機一転
毎春こんな等式を頭に浮かべている。
賃労働、社会参画、家計・・・春には何かしら個人的課題を考えなくてはならない。
春は夢みたいなものに誘われる季節だから、どうしても「理想」へ脇目してしまう自分がいる。
では、現実とは何か。
現実に「食う・寝る・遊ぶ」ではまかり通らないので、「働く」や「自分の働き」のことを想起することとしよう。
働きとは人が動くことだ。
現実として人が動くにはマインドの作用が必要になる。
数ヶ月前の読書を繰り返すのも我がマインドのまま。
計算も策略もない。
知りたいだけ。
資本主義+大衆社会=現実の真実を求めて。

こんな憂鬱なテキストにはなかなかお目にかかれない。
自動車絶望工場―ある季節工の手記(鎌田 慧)以来だなぁ。

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