日記・コラム・つぶやき

この国を知る(1)

梅原猛先生が亡くなった。
昨日の市原悦子さんの訃報に続いて何とも何とも寂しい。
私のなかでいまだ消化が済んでいない「昔話」をそっと伝え教えてくれた人たち。
「昔話」のイメージは市原さん常田さんの「まんが日本昔ばなし」にほぼ等しい。
いや、そのものだった。
「昔話」をイメージするときはいつもこのコンテンツに頼っていた。
長じて梅原先生の著作に触れ、映像以外の観念みたいなものが加わって人知れず豊穣なものになっていった。
「昔話」は楽しかったし、ときとして悲しかった。
(個人の心の投影に「昔話」がかかわることもある)
この国に生きた人々の人生が幾重にも積もり重なっていることに気がついて、幼心にも想像をたくましくし「昔話」を教訓として育ってきたのだと思う。
この過程は誰しもそう変わらないものだと信じている。
童心は「昔話」に共鳴するはずだ。

この国を知るということは「昔話」に接するのがその第一歩。
私の場合、この理屈にたどりついたときには二十歳をとうに越えていた。
ゆえに学ぶべきものの順番を誤ったのだ。
近年その順番を改めようと足掻いていることがある。
言ってみれば「昔話」を食べ直すということ、この国の歴史を復習することということだろうか。
過年、慌ててこんなことをしてみた。
第一日目、伊勢神宮。第二日目、四天王寺。第三日目、高野山。
この短期間に一気に巡る。
消化には悪い旅程だったが、このことが非常に嬉しかったし幼児のように軽やかに興奮していたと思う。
そのとき私は梅原著作の抜粋をプリントしたメモを携行し、時折カンニングしているみたいに確かめていた。
車窓からのぞむ遠くの空に何かしらのイメージを探しながら、電車の揺れもあって解けきっていない「昔話」が実は堪えていたのだと思う。

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PAUSEONLINE

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しばらくの間、SNS投稿を中断する、ことにしました。


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一八

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2018年が終わる。
大晦日が近づいてくると、諸事ついつい欲張りがちになる。
そして大晦日当日となると、なぜか一気にいい加減になる。
と言うのか、力みが抜ける。
ゴールに達したつもりになるのか。
日々の「騙し」から解放された気分になれるからなのだろうか。
今年も夥しい数の「騙し」を見たり聞いたり読んだりしてきた。
実際に「騙し」に遭遇したこともある。
狡猾で冷酷な人間の業が蔓延している。
とにもかくにも「騙し」が多過ぎるのだ。
渡る世間は「騙し」ばかり。
ひとたび天上から俯瞰してみよう。
騙すほうも騙されるほうもなんとも不幸ではないか。
不幸を増殖させて、この世の坩堝は、このまま移ろっていくしかないのだろうか。
和多志も出来る限り「私」を使わず、「和多志」と称して所詮は「騙し」を行っていたかもしれない。
騙されることを忌避したいがあまりに私は「和多志」を願う。
醜い抵抗かもしれない。
抵抗にすらなっていないかもしれない。
でも「和多志」を駆使して騙されないように進んでいこうと思っている。
来年は2019年。
一九、いや一休。
「一休」さんに倣って自分なりの頓知をきかせやっていくしかないようである。
改元の年くらいはいわゆる「いい年」にしたいと人並みに願ってもいいですよね。


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年賀状じまい ...

年賀状じまい、終活年賀状という語に出合ってしまった。
ある程度気分はいっしょ。
でも、気に入らない点が多いので賛同しない。
挨拶だけは続けましょ。
それに郵便事業が北海道の線路のように廃線区間をつくらないように。

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法華経

ここのところ法華経が気になって宮沢賢治を読み返している。
深夜の夜空と法華経。
ますます遠くなっていく、パイオニア10号の記憶。
法華経は遠い宇宙へのメッセージとも思えてくるのだ。

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寒波まえ

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圓光寺

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庭よりも実は池に映る甍がいい。


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The way to Tower of the Sun

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遅すぎた。
でも、これで良かった。
まだまだ道は続いている。
まだだ。
着いちゃいない。 

<<<<< 太郎さんが伝わってくる <<<<<


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十に二の月

師走。
職場や自治会、某団体で・・・歳末たすけあいに遭遇する。
世間とどの程度で折り合いをつけるのか。
和多志の発想と対処方法は次のとおりだ。
あれこれご馳走を食べたいという気持ちとご馳走を食べる分をほかに回そうという気持ちとの我慢くらべと心得て、
基本12月に外食と遊興に使った総額にとある定数をかけ算出した金額を寄付するというもの。
とある定数とはずっと十に二。
酔狂する自分のどこかに引け目を感じていないとたぶん駄目なのでしょう。

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Singapore Case

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クレージー抑止のための戯画

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